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2007年7月19日 (木)

九州博多3days

ビリーズブートキャンプ10週目を終え、1週間休むことにして、博多2泊3日のグルメ(?)旅行を満喫しました。
博多には今年転勤した友人がいて、旅行会社勤務の彼がすべて行程を決めてくれ、添乗までしてくれました(笑)ところが、14日発のこの旅行は、まさに台風の真っ只中。幸い、私たちが博多に滞在した3日間はたいしたことはなかったのですが、悪天候で曇り/雨の毎日でした。
それでも、行程は充実していて、比較的、雨の多かった1日目は九州国立博物館と大宰府天満宮を周り、2日目には阿蘇と菊地渓谷、3日目は思わぬ時間ロスのために食事だけで終了。

1日目、博多に到着後、友人の出迎えで案内されたのは、駅からすぐの有名ラーメン店「一蘭」で噂のラーメンを食べました。これが本当に美味い!スープから麺のかたさ・ねぎの量・辛さなど、すべて選べるタイプで、私は麺のかたさを“かため”で、あとは普通にしましたが、本当に美味しくて、替え麺でおかわりしました。昼食を満足に終えて、友人の添乗兼運転で向かうは九州国立博物館。九州国立博物館は、2005年に開館されたばかりの新しい博物館で、東京・京都・奈良と合わせて4つの日本の国立博物館の1つ。最新で最大の博物館です。日本とアジアの歴史的展示物と、走査線4000本のシアター4000というスーパーハイビジョンシアターがメインです。旧跡時代から近世までのアジア各国の展示物が豊富でした。
大宰府天満宮は台風のせいでお店関係がほとんど閉まった状態。開いている数件の中の1件で名物の梅が枝餅を食べることが出来ました。これが結構、美味しい!お客さんも数組並んでいて、中国の方もおられました。そういえば、博物館のインフォメーションなんかも、日本語と英語の他に中国語と韓国語は必ず書いてありました。場所柄か、中国や韓国からのお客さんが多いのでしょう。
この日の夕食はもつ鍋。幾度とTVで紹介され、著名人も来店している「楽天地」。こじんまりとしたお店だが、味は抜群。最後のちゃんぽんも最高!腹いっぱい食べました。その後、天神界隈をぶらぶらして、バーに入ったのだが、このバーが失敗。名前も忘れたが、焼酎もカクテルもソフトドリンクも、すべてのドリンクの味とアルコールが薄すぎる・・・。焼酎ロックなんてほとんど氷で半分も入っていない・・・一口焼酎です(汗)

2日目は熊本へ。まずは阿蘇。昼食は途中の「山賊旅路」で高菜めしとだご汁がセットになった高菜めし定食を食べました。これがまた美味い。だご汁の生姜風味が食欲をそそってたまりません。その後、天候回復を祈るも虚しく、あいにくの曇り/雨空で、阿蘇の中岳を拝むことは出来ませんでしたが、阿蘇火山博物館内の生中継や大観峰周辺のカルデラ地形を見ることが出来て、少し感動でした。
その後、菊地渓谷で思いっきりマイナスイオンを浴びてリフレッシュ。いやぁ、やっぱりマイナスイオンは気持ちよかったです。夕食は中州まで行き、TVで新庄おすすめという地鶏料理の「鳥善」で。鳥刺しから焼き物、鍋まで本当に美味い!店員さんの対応も気持ちよくて、さすが新庄おすすめというだけありました。

そして3日目。この日は佐賀の呼子まで行き、いけす料理の「河太郎」でイカ料理に舌鼓。刺身に焼売に天ぷら。店内狭しと置かれた“いけす”からすくい上げたイカを調理してくれます。ちょっと残酷ですが、そんなイカたちを観察しながら食事が出来ます。すくい網を入れたとたんにストレスからか体色が白(透明)から褐色に変化する様に眼を奪われます。「鉄腕ダッシュ」で言ってたとおりだ・・・と(笑)定食の白飯も美味しくておかわりしてしまうほど。本当にこんなに美味しいイカは初めてでした。刺身が食べれない奥方もイカ刺しにチャレンジし、美味しくてビックリしていました。
この河太郎へ着いたのは正午前だったのですが、あまりの人気で整理札が30番。約40分くらい待ちました。そのため、後の予定が時間的に厳しくなり、伊万里焼は次回のお楽しみに・・・。

そんなこんなで、かなりグルメツアーになってしまった九州3日間でしたが、友人の企画・添乗のおかげでスムーズに楽しむことが出来ました。ただし、かなり高カロリーになってしまったような気がするので、また軍隊式に勤しまなければならないか・・・。目標体脂肪10%はいつのことやら・・・(現在15~16%ただし九州旅行前・・・汗)

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2007年7月 2日 (月)

世界がもし100人の村だったら

6月30日にフジテレビの「世界がもし100人の村だったら5」を見ました。
この番組はこれまでも何度か見ましたが、見るたびに涙が溢れて止まりません。見るたびに、もちろん、“かわいそう”だという感情が湧きますが、その前に彼ら子供たちの“逞しさ”に感動します。この感動は、ただ“かわいそう”だけではなく、彼らが本当に一生懸命に生きているから湧くのだと思います。そして彼らは常に希望や夢を持っています。“学校に行きたい”“家族を守りたい”“家族と一緒に暮らしたい”
そして最も強く感じるのは、彼らを応援したくなる気持ちと、今の自分があることへの感謝です。
番組放送が終ってから、番組で紹介されたユニセフの募金ダイヤル0990-588-883へすぐに電話しました。そしたら、何度かけても「大変込み合っています・・・」のメッセージ。日本もまだ捨てたものじゃないと感じました。番組終了後、数時間はそんな状態が続いたと思います。ようやく繋がって、私も数回募金をさせていただきました。
番組内では、中でもアベティ君とマニカちゃんの話に泣かされました。父親のいない家族のために稼ぎ手となって、空気の薄い深さ15mの穴に危険を顧みず入っていき、金を探す仕事をするアベティ君。貧困のあまりに作業用の濁った水で空腹を満たす。そしてまた父親のいない家族のために臭いゴミ山で弟と一緒にゴミ集めをするマニカちゃん。2日間何も食べれない日が続き、隣人が食べるスイカをうらやましそうに見つめる兄弟。やっと食べれる食事は、決して美味しいとはいえない米を水でふやかした味気ないもの。前回の放送から2年が経ったマニカちゃんだったが、決して暮らしは楽にならず、ユニセフへ集まった募金はどうなっているのかと思わざるをえない。それほど、苦しい生活を強いられ、募金を必要としている子供たちが多いのだろう。

もしも世界が100人の村だったら

世界には63億人の人々がいますが、
もしもそれを100人の村に縮小したらどうなるでしょう。

その村には57人のアジア人、21人のヨーロッパ人、
14人の南北アメリカ人、8人のアフリカ人がいます。
70人が有色人種で、30人が白人です。
52人が女性で48人が男性、
89人が異性愛者で11人が同性愛者です。

17人は中国語を話し、9人は英語、8人はヒンディー語とウルドゥー語、
6人はスペイン語、6人はロシア語、4人はアラビア語を話します。
これでようやく村人の半分です。
あとの半分はベンガル語、ポルトガル語、インドネシア語、
日本語、ドイツ語、フランス語などを話します。

33人がキリスト教、19人がイスラム教、
13人がヒンドゥー教、6人が仏教を信じています。
そして5人は木や石など全ての自然に霊魂があると信じ、
24人は他の様々な宗教を信じているか、あるいは何も信じていません。

30人が子供で70人が大人、そのうちの7人がお年寄りです。
村では1年間に1人が亡くなり、2人の赤ちゃんが生まれるので、
来年には村人は101人になります。

いろいろな人がいるこの村では、
自分とは違う人を理解する事、相手をあるがままに受け入れる事、
そして何より事実を知る事がとても大切です。

また、こんなふうにも考えてみて下さい。

全ての富6人が59%を持っていて、
74人が39%を、20人がたったの2%を分けあっています。
全てのエネルギーのうち20人が80%を使い、
80人が20%を分けあっています。

村人のうち1人が大学の教育を受け、2人がコンピュータを持っています。
けれど、70人は文字が読めません。

村に住む100人のうち80人は不十分な居住環境に住み、
50人は栄養失調に苦しみ、1人は死にそうな程です。
17人はきれいで安全な水を飲む事ができません。

銀行に預金があったり、財布にお金を持っていたり、
家のどこかに小銭が転がっている人は、
最も豊かな8人のうちの1人です。
自分の車を持っている人は7人のうちの1人です。

もしもあなたが逮捕や拷問・死を恐れず、
信仰や信条・良心に従って何かをし、自由に話せるのなら、
そうでない48人より恵まれています。
もしもあなたが地雷や空爆・襲撃による殺戮、
武装集団によるレイプや拉致に怯えていなければ、
そうでない20人より恵まれています。

もしもこの文章を読めたなら、あなたは幸せなのです。
なぜならあなたには、
あなたの事を思ってこの文章を送った誰かがいるだけではなく、
文字も読めるからです。
そして何より、あなたは生きているからです。
だからあなたは心をこめて生きて下さい。
たとえあなたが傷ついていても、傷ついた事などないかのように愛して下さい。
まず、あなたが愛して下さい。
あなた自身と、人々がこの村に生きているという事を。
もしもたくさんの私達がこの村を愛することを知ったなら、
まだ間にあいます。
人々を引き裂いている非道な力から、この村を救えます。きっと。

この日本において、どれだけ貧しかろうと、どれだけ苦しかろうと、どれだけ思うように人生が運んでいなくても、私たちは豊かで恵まれた幸せな存在なのです。

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光市母子殺害事件への怒り

今更ながらではあるが、本当にむかつく。
母子を殺人したあげくに屍姦、さらに金品を盗み、逮捕・一審判決後に知人に送った手紙からは反省のかけらも感じられない・・・鬼畜とはこのことだ。この日本に死刑制度がある限り、死刑は当然だろう。それが今回の公判での被告人のあの発言・・・事件から8年以上経った今でも、被害者家族、本村さんの悲しみと怒りは計り知れないと思う。
ドラえもんが助けてくれるだの、復活の儀式だの・・・文才のかけらもない公私混同アホ弁護士軍団に言わされているのだと思うが、ビックリするくらい低レベルの言い訳で、不謹慎だが所変わればコントかと思わせる発言が非常に腹立たしい。
ドラえもんを都合よく言い訳に使われた故・藤子F不二雄氏は草葉の陰で嘆いておられるだろう。“夢と愛”の象徴でもあるドラえもんが、こんなことに使われるとは・・・たとえドラえもんが実在したとしても、福田被告だけは絶対に助けない。
復活の儀式・・・言い訳もはなはだしい。そう称しながら、かれはそんな神聖な儀式を前に勃起していたのではないか。死体を前に。彼は一審の無期懲役判決後に出した知人への手紙に「犬がある日かわいい犬と出会った。・・・そのまま「やっちゃった」・・・これは罪でしょうか」と綴っているようだが、福田被告、あなたは犬以下です。犬でも死んだ者に対する尊厳を持っていると思います。死体を相手に行為を行いません。出来ません。
人間の常識・道徳、いや、この地球上の生物全ての常識を逸脱した、被告人の残忍で異常な行為は、決して許されざることです。この事件に極刑を与えずして、何に与えるのでしょう。
以前、本村さんが、「もし犯人が死刑にならずに刑務所から出てくれば、私が自分の手で殺す」とおっしゃっておられましたが、誰がこの発言をとがめられるのか。誰でも同じ立場にいればそう思うはず。被害者家族でなくても、大きな怒りがこみ上げている。
私は、殺人を犯した人間には、同じ思いをさせるべきだと思う。それは、単なる“死”ではなく、“死”に至るまでの苦しみや悲しみを同じように味わうべきだと思う。だが、福田被告が被害者と同等の屈辱や苦しみを味わうことは出来ないだろう。被告人は“死”をもってしても完全に償うことは出来ないのだ。たとえ死刑になったとしても、彼を屍姦する人間がいないし、彼に娘もいないのだ。彼にとっては、死刑でも軽すぎる刑ではないだろうか。
今、福田被告に必要なのは、ドラえもんではなく、仕事人かデアデビルだろう。

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