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2007年5月29日 (火)

パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド

パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンドを見ました。まず言っておきたいことは、1作目2作目同様、エンドロールが終るまで席を立たないようにということです。これは、もはや定番となっているのに、それでも、私の隣に座っていた女性2人組はエンドロール途中で帰っていきました。それも、もう少しでエンドロールが終るという、かなり中途半端なタイミングで・・・。
キャプテン・ジャック・スパロウはじめ、主要登場人物のかっこよさや映像の迫力など、楽しめる映画でした。しかしまず思ったのは、2作目「デッドマンズ・チェスト」を復習してから見るべきでした。1作目「呪われた海賊たち」は何度も見てるのに、「デッドマンズ・チェスト」はDVDを買ったにも関わらず、映画館で見て以来一度も見ていませんでした。なので、記憶もあやふや・・・。宝箱(チェスト)の中の心臓の意味も思い出せないまま前半が過ぎた感じでした。
1作目はストーリー的にも分かりやすく、予想以上に面白かったので、かなり記憶に残っているのですが、2作目から登場人物も急に増えて、人間関係も複雑になったので復習は必須でした。2作目から感じたのが、もともと、1作目でウィルやエリザベスにとって敵なのか味方なのか分からないキャプテン・ジャック・スパロウが最後には味方となり、ウィルとエリザベスは命を懸けてまでもジャックの処刑を阻止するのに、2作目以降でも3人の関係が敵なのか味方なのか微妙に進んでいくのは私的にはしっくりこない感じがしました。ジャック・スパロウは「自由と孤高を愛する海賊」として、どっちつかずキャラクターを通しても良いとは思うのですが、ウィルやエリザベスまでもが暴走しそうな勢いで、友情や団結よりも、個人個人の目的達成のためだけに動いている感じで進みます。結局、その個人個人の目的達成のために目指すものが同じ方向にあるといった感じです。2作目でエリザベスがジャックを犠牲にするのは私的にはかなりショックでした。1作目でせっかく芽生えた友情を、もっと大事に大きくしても良かったのではと思います。それから、オーリー人気からか、ジャックと比べてウィルの活躍が目立ってきたように思いました・・・確かに男前でかっこいいです。

-- ここからネタバレ? --

一応、完結編の「ワールド・エンド」ですが、続編もありそうな雰囲気です。もちろん、3作目「ワールド・エンド」の最後では、3人の友情は復活したかのようでしたが、 前作と同様に最後まで、誰が味方なのか敵なのかハッキリしない感じで進んでいきます。それから、いろんな要素が絡み合っているのに、その1つ1つの意味が深く感じられないのが残念でした。

「デッドマンズ・チェスト」でデイヴィ・ジョーンズの心臓が入った宝箱(チェスト)を手に入れ、デイヴィ・ジョーンズを支配して利用し、海賊を全滅させるべく女子供かまわず海賊及び海賊に関与した者を次々と処刑していく東インド会社のベケット卿。海賊たちにとって残された手段は、9人の海賊長を招集して決戦に持ち込むしかなかった。そして前作で死んだ(厳密には生と死の狭間にある船乗りの墓場デイヴィ・ジョーンズ・ロッカーにとらわれた)ジャック・スパロウも9人の海賊長の1人で不可欠だった。前作で予言者ティア・ダルマに蘇生させられたバルボッサの力を借り、ウィル、エリザベス、ギブスらのジャックを救出するための旅が始まる。

彼らはまず、デイヴィ・ジョーンズ・ロッカーへ行く方法が謎解きのごとく記された海図を手に入れるため、持ち主の中国海賊長サオ・フェンのところへ行くのですが、このサオ・フェン役のチョウ・ユンファが実にもったいない気がします。内容的には、海図を持っていたり自分の地位をエリザベスに継いだりと、重要ではあるのだろうけれど、前半1時間経たないうちに大した活躍もなくあっけなく死んでしまいます。香港映画ファンにとっては非常に残念です。わざわざチョウ・ユンファ使わなくても良かったんじゃないの?って思ってしまいます。さすがにあの体格ですから、海賊長役はかなり様になっていたので、余計にもったいなく感じました。
また、カリプソであったティア・ダルマですが、カリプソとして復活したと思ったら、大きくなっちゃって、蟹になってバラバラバラ・・・。大きくなるシーンがB級VFXっぽくてどうも安っぽく感じました。それにカリプソっていうのは、船乗りが恐れに恐れ、人間の体に封じ込めたというもの。それを多くの海賊長達が反対する中、ベケット卿の攻撃に対抗すべく最終手段として復活させようとした。それが、バラバラバラ・・・の後、嵐を起こして巨大な渦を起こしたようですが、それによって戦いが有利になったとはとうてい思えません。カリプソとデイヴィ・ジョーンズとの関係も、なんかぼやかされてるようなハッキリしないような感じもしました。

冒険活劇としては、戦闘シーンなども迫力があるし、海賊たちが一致団結するシーンなどは感動もあります。闘いながらの船上で、ウィルとエリザベスが結婚するシーンでは、バルボッサがとてもいい人に思えます。
しかし、それまでは、誰が味方で誰が敵か分からない状況。裏切り裏切られ・・・がメインの展開です。要するに、裏切るのも信頼するのも、かなりノリが軽いんですよね。それが、ジャック・スパロウだけなら良いんですが、主要登場人物全員がそんな感じで・・・。まぁ、あまりに簡単に裏切ったり信頼したりするので、それが余計に“敵なのか味方なのか・・・?”と思わせるのですが。

こういう冒険活劇では、私は爽快なハッピーエンドを期待するのですが、とてもハッピーエンドとは言えない終末だと思いました。デイヴィ・ジョーンズの心臓と引き換えにジャックに助けられたウィルでしたが、それはデイヴィ・ジョーンズの役目を引き継ぐという事。海の墓場の番人です。10年に1度しか陸に上がることを許されないのです。かなり辛い結果だと思いました。海賊の父親の血を受け継いだという事なのでしょうか。エンドロール後の10年後には、エリザベスとの間に男の子がいました。どうせなら、カリプソの偉大な力で普通に生かして欲しかったと思うのは私だけでしょうか・・・。

最後に1つ気付いたのが、1作目から提督側で門番をしている2人組が、今作の最後には海賊になっていて笑えました。

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2007年5月25日 (金)

ビリーズブートキャンプ旋風

昨日からブートキャンプ4週目に入った私ですが、テレビのCMや番組内でのタレントの発言などにより、ブートキャンプは社内でもかなり有名になりつつあります。
その上に、私が1週間で4kgの減量に成功したことを話すと、誰もが「私もやる!」と声を揃えて言います。やっぱり、成功者(私・・・笑)の発言は大きいようです。
私の場合、2週目以降、劇的な減量はありませんが、少しずつ、体重・体脂肪ともに減少しています。ブートキャンプを始める前のピーク体重と、始めてから最も少ない体重(夕食前)との差は5~6kgあります。体脂肪率でいえば、4~5%の差です。もっとも、体脂肪率は朝晩や食前食後により、かなりの変動がありますが、それでも、20%を超えることはありません。
私の勧めでブートキャンプを始めた同僚も、基本プログラムを2日間やってかなりしんどいようで、筋肉痛との闘いのようですが、「とりあえず1週間やれ!」と励ましています。1週間やれば絶対に効果が出ると、自信が持てるからです。それに、体はしんどいけど、やる気はあるようで、ブートキャンプのプログラム自体がやる気を起こさせる内容なのだと思います。
基本プログラムではやはり皆、肩と腹筋に最も効いているようで、とくに腹筋が痛いようですが、次の応用プログラムは、脚とお尻にかなり効いてくるので、エクササイズ後の感想が楽しみです(笑)私も、いまだに、四つんばいになって、片足を前に出してアップダウンするエクササイズは、お尻がちぎれんばかりに痛くて慣れません(泣)まだまだ修行が足りないようです。
さて、本日、4週目の2日目、続行します。

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2007年5月22日 (火)

ビリーズブートキャンプ3 週目

私のビリーズブートキャンプも昨日で3週目の腹筋プログラムに入りました。
多少、体が慣れてきたのか、要領を得たのか、心なしか体力的に楽になったような気が…。といっても、いまだプログラム通して完璧にはこなせないです(泣)まぁ、筋トレというのは姿勢によって負荷が大きく変わるものなのですが…。
腹筋プログラムはある程度、慣れてはきましたが、ビリーバンドを使う基本プログラムと応用プログラムについては、3週目でもかなりきついです。約50分という長さもありますが、私の場合、3週目から特製ビリーバンドモドキを使っているからです。
このビリーバンドモドキは、400gの軽目のダンベルに、ビリーバンドよりやや強めの市販で買ったチューブをくくりつけて自作したものです。なんでそこまで…と思われるでしょうが、人より成果を上げたければ人一倍の努力を…ということで(汗)
いまだ体重は1週目を終わった時から平行線。体脂肪率は最初ほどではないが、少しずつ減少中。このビリーズブートキャンプがなぜ「7日間集中ダイエット」なのか分かったような気がします。大きく体重が減少するのは最初の7日間だからでしょう。その後は筋肉もついてくるので、体重としての変動は緩やかです。ただし、体脂肪率は減少しています。
私の目標は、とりあえずこれまでの自己ベスト。目標まで、体重-5kg、体脂肪率-5%。
この調子で続行します。

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2007年5月17日 (木)

ビリーズブートキャンプ

私がブートキャンプを始めてから2週間が経過しました。ブートキャンプの噂は結構聞くので、流行ってるのかなぁと感じます。当分、続けようと思っているので、レポートしていこうと思います。

ブートキャンプを知らない人のために簡単な説明をしますと、ブートキャンプは、ビリーというかなり筋肉質の黒人の男性がコーチをしている短期集中ダイエットのエクササイズで、ビリーズブートキャンプとも言われています。
全米では、ヨガ、ピラティスと並ぶ3大エクササイズの1つで、ハリウッドスターやセレブ御用達の短期集中プログラムです。
もともと、米軍で行われていた短期間で体を作るためのトレーニング法のようで、ビリーバンドというチューブを使ってDVDを見ながらエクササイズします。軍隊なので、ブートキャンプを始めることは、“入隊する”というらしいです。
ビリーバンドといっても、普通のチューブとあまり変わりません。持ちやすいようになっているのと、足に引っ掛ける輪があるだけです。市販のチューブでも十分に代用できると思います。
ビリーバンドが弱い、あるいは強すぎると感じた場合は、近所のスポーツ店でチューブを買ってきても大丈夫です。ちなみに私は、ちょっと弱いと感じたので、ジャッキー・チェン共同開発で宣伝していたXAVIXのエアロステップに着いていたダンベルに市販のチューブを取り付けて使っています。
また、最近では新しいビリーズブートキャンプエリートというのもあるみたいで、私は試してはいませんが、ビリーバンドの持つところに取り外し自由の重りが入っていたりするようです。DVDも従来の4枚組に対して3枚組なので、内容も少し違うのかも知れません。ただ、日本語字幕が無いのが残念。従来版より低価格なのは魅力ですが。

私が2週間目に入った感想ですが、短期集中というだけあって、楽なプログラムではありません。私はどちらかというと筋肉があるほうですが、それでもしんどいです。ほとんど運動経験の無い人などは、最初からビリーバンドは必要ないと思います。
私はずっとジム通いなどをしてましたが、ここ2年近くは忙しさにかまけてましてサボっていました。そしたら、やっぱりお腹周りが気になりだして・・・。で、知人に勧められてこのブートキャンプを始めました。
私の場合は、それほど太っていたわけではないのですが、やり始めてから毎日少しずつ体重が落ちてきて、1週間で約4kg減少しました。2週間目から今日までは体重は平行線ですが、筋肉が付いてきているのか、体脂肪は減ってきています。太っている方なら、もっと効果が期待できるかも知れません。それから、体重が平行線なのは、私が毎日、ビールと焼酎を飲みまくっているからかも知れません(汗)もちろん、食事制限はしていません。3食きちんと食べて、もしかしたら人より多く食べてます(汗)
このように、効果はかなり期待できますが、その分、根性も要ります。ビリー自身、心のトレーニングも必要だと言っています。何でもそうですが、楽して効果は出ません。仮に、楽に効果が出たとしても、それは簡単に元に戻るということでもあるのです。ブートキャンプを真面目にやると、全身汗だくはもちろん、床が汗でビチョビチョになります。タオルとファブリーズが必要です(笑)

DVDの内容は、4つのプログラムがあります。
基本プログラム ・・・ 約50分を2日間、応用プログラム ・・・ 約50分を2日間、腹筋プログラム ・・・ 約35分を2日間、最終プログラム ・・・ 約30分を1日、合計で7日間です。内容は結構しんどいですが、短時間で済むのが利点です。ジム通いなら、往復時間も考えると、いくらなんでも2~3時間くらいは必要ですが、これなら、長くても50分。充分に汗がかけます。

このブートキャンプが心のトレーニングも必要だというのは、ビリーの“おしゃべり”にもよるところが大きいと言えます。ビリーはかなり叱咤激励してきます。そして、天然なのか、わざとなのか、左右で回数が違ったり、内容が少し変わったりします。一番心のトレーニングになるところは、ビリーの「ワンモアセット!!」という掛け声です。この“ワンモアセット”が曲者で、「あと1セットで終わりだ・・・」と思ってたら、またもや「ワンモアセット!!」となるパターンが多いです。結果的には“スリーモアセット”だったり・・・。まぁ、これがビリー流なのでしょう。

私は今のところ、2週間が経過して、体重は約4kg減、体脂肪はもピークと比べれば約5%減、もちろん10%台です。ビリーがDVDの中で、米軍の若手は6週間続けると言っていたので、とりあえず6週間は続けるつもりです。なので、今後レポートを続けていきたいと思います。目標はジャッキー・チェンのような身体です(笑)

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2007年5月 7日 (月)

スパイダーマン3

5月5日に映画スパイダーマン3を見ました。最高に面白かったです!もちろん1作目からファンの私ですが、2作目3作目と続くにつれ、アクションも映像も確実にパワーアップしています。

映画の中には、1作目がヒットして2作目でポシャるパターンも多いですが、このスパイダーマン・シリーズは絶対に期待を裏切らないです。それは、監督のサム・ライミが全作通じて監督をしているのが大きな理由だと思います。また、主役ピーター・パーカー役のトビー・マグワイヤやヒロインMJ役のキルスティン・ダンスト、友人ハリー役のジェームズ・フランコなど、主要キャストが1作目から変わらないのが良いですね。キャスティングが変わって拍子抜けするパターンも多々ある中、このスパイダーマン・シリーズの3人は、変えることが考えられないくらいピッタリと“はまり役”なのでしょう。
また、1作目から感じたことなのですが、ワイヤーやCGを駆使したアクションというのは、スパイダーマンのためにあるといっても言い過ぎではないと思います。もちろん私は、ジャッキー・チェンで育った人間なので、CGでごまかさない身体を張ったアクションが最高だと思っています。そして、本当にやっているのかCGなのか微妙なアクションが好きではありません(やれる俳優はやるかも知れないが、安全面を考慮してCG処理しているのかな?と思わせるような・・・)。でも、コミックの実写化の中には、完全にCGでなくては表現できない場面が多くあります。そういったCGやワイヤーの使い方が、スパイダーマンにはピッタリで正統な使い方だと思うのです。お金もかかっているし、技術的にも最高なのだから当然なことなのですが、素晴らしい映像でした。
3作全てを見て、私がこのスパイダーマンというヒーローをなぜこんなにも好きなのか、これほどまでに大衆に人気があるのか、分かったような気がします。それは、彼が完全無欠ではないからだと思います。特殊な能力を持っていても、彼は普通の人間なのです。普通に悩み、くじけ、時には傲慢になり、過ちを犯し、そして気付く・・・。彼も普通の人間として少しずつ成長していくわけです。“大いなる力には大いなる責任が伴う”という伯父のベン・パーカーの言葉を胸に成長していくピーター・パーカー。この言葉は、私たちの胸にも響いてきます。誰かより少し物事がうまく出来たくらいで、誰かより少し成績が良かったくらいで、誰かより少しお金を持っているくらいで・・・その優越感で傲慢になっている人はいませんか?・・・そう聞こえてきます。誰かより少しでも優位に立つものがあるのなら、それはそれだけの責任をも伴っているということなのです。逆に責任の無い者には、その資格は無いという事なのです。このシリーズには、人間が成長していく過程で大事な教訓がいくつか込められていると感じました。

--ここからネタバレ?--

3作目の今作は、見所が満載でした。
ピーターがスパイダーマンではなくピーター・パーカーとしてハリーのニュー・ゴブリンと闘うシーンなどは、USJのアトラクションを彷彿させる迫力でしたし、ピーター・パーカーとして闘うことで、トビー・マグワイヤ自身がスタントも頑張っているんだということのアピールなのでしょう(現代ではCGで合成するのも難しいことではないでしょうが、実際にほとんど自分でこなしているらしいです)。
また、スパイダーマンの悪役(ヴィラン)が3人出てくるのもボリュームたっぷりで大満足です。ハリーのニュー・ゴブリン、誤ってベン伯父さんを殺してしまった過去のある脱獄囚フリント・マルコのサンドマン、ピーターを仕事のライバル・恋敵として憎むエディ・ブロックのヴェノム、原作コミックでは全く異なる年代の悪役のようですが、三者三様の悪役ぶりで、幅広い世代のファンに受け入れられるための、ある意味欲張りな選択だったのだと思います。また、それぞれが悲劇の悪役であることも、スパイダーマンの魅力でしょう。父親と同じくハイテクに身を包んだニュー・ゴブリン、砂状のサンドマン、スライム状のヴェノム、全く違う素材感を持った3者を集めたことも素晴らしい選択だと思います。とくに凄かったのは、サンドマンのシーン。マルコがサンドマンに変わっていくシーンは圧巻です。ヴェノムがエディを覆っていく様子は、昔見た「ガイバー」を思い出しました。そして、最後に友情を取り戻したハリーのニュー・ゴブリンがスパイダーマンを助けに来たときには、鳥肌が立ちました。
最後に街で見知らぬおじさんがピーターに“1人でも世界は変えられる”と言いますが、これも現代人に対する教訓だと受け取れます。“みんなやってるから”“1人くらいどってことない・・・”という感じで、悪いと分かっていることをやってしまうことも普通にあると思います。でも、“1人でも世界は変えられる”のだと思います。

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ダリ展

天保山サントリーミュージアムで開催されていた「生誕100年記念 ダリ展 創造する多面体」を見てきました。
サルバドール・ダリといえば、中学生頃の美術の教科書に載っていた“柔らかい時計(記憶の固執)”の絵が印象深いです。本展覧会では、立体や小説、写真や映像も含め、約180点もの作品がありましたが、やはり油彩に足が止まりました。キュビスム印象派の影響を受けていた彼の、現実にはありえないであろう組み合わせを写実的に描いたシュルレアリスム作品は、夢とも現実ともいえない奇妙で独特の世界が描かれ、私が描きたいと思っている一方向にも合致していて大好きです。
彼の手法でダブルイメージの作品も多くありました。1つの作品の中で2つ以上の見方が出きる手法です。これはある種、だまし絵のような楽しみ方もでき、ダリの才能はもちろん、ユニークさまで伝わってきました。
ダリの作品の歴史を見ていると、最愛のパートナー、ガラへの愛情がとても伝わってきます。ガラと他界してからあまり作品を残していないことからも、ダリにとっては、作品を制作する前にガラありき・・・だったのだと感じました。
この展覧会、会期は5月6日までだったのに、私が行ったのは4日。会期の終盤の上、ゴールデンウィークの最中で、かなりの人でした。ダリの人気の高さを改めて知りました。20~30分くらい並んで、会場に入ってからもかなりの人で、なかなか足取りが進みませんでした。それでも近くでじっくりと見ることが出来たので満足でした。帰りには私にとってお決まりの画集を買って帰りました。
この展覧会に行って、ダリの作品から、制作のヒントを少しは得たような気がしました。キュビスム、印象派、シュルレアリスム・・・もののありのままに、それほどとらわれることはないということに、改めて気付きました。

ちなみに、ダリ展の帰りに映画「スパイダーマン3」を見ようと、映画館に寄ったのですが、21時台のレイトショー(上映30分くらい前だったか・・・)でも最前列しか空席がなかったので、あきらめて翌日に見送りました。

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2007年5月 2日 (水)

パワーボール

最近、パワーボールを回し始めるコツを完全につかみました。
私は紐は全く使いません。手だけで回します。
ただし、回転数はMAX13,000rpm弱のまま更新出来ていません(これは回し方の問題ではないですが)。

で、私の方法ですが、

  1. まず持ち方は、手のひらに対して中のボールが並行になるように持つ(ボールの紐をかけるラインが、手首から中指方向になるように)。
  2. もう片方の手でボールを手前から前方へ回す(反対だと自分の身体が邪魔で思いっきり回しづらいし、腕を引く動作より押す動作のほうがスピードをつけやすいので)。
  3. 回したらすぐにボールを持っている手首を返す(手のひらが下に向くように)
  4. ボールが引っかかるような感じと摩擦音を感じながら、じんわりと右回りに回し始める(自分から見て右回り)。
  5. ひっかかり感と摩擦音を感じながら、徐々にスピードアップ。
  6. ある程度スピードが乗ったら、逆に回そうとぶん回そうと大丈夫。

重要なのは初動の速さと手で回したらすぐに手首を返すこと。その後、最初はじんわりとひっかかり感を感じながら回し始めること。速くやるべきところとゆっくりやるべきところがあるが、一連の動作は絶対に止めないこと・・・です。
ぶん回したら結構爽快でストレス解消にもなります。

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2007年5月 1日 (火)

バベル

第79回アカデミー賞において6部門7ノミネートを果たした注目作ということで気合を入れて映画館で見てきました。

この映画バベルの背景には、旧約聖書の創世記に書かれた「バベルの塔」の話があり、それは、神に近づこうと天を目指す人々に“言語をバラバラにする”という神の罰が下ったというお話。現代社会に置き換えれば、各分野でハイテクを駆使して神にも近づこうとしている人間だが、“国境の壁”“言葉の壁”“障害者の壁”“家族間の壁”など、様々な形でコミュニケーションのが存在しているということでしょう。
しかし、「それが現実だ」と言われているような映画でもあります。見終わった後に涙するほどの感動もありませんでしたし、スカッとする作品でもありません。まぁ、ストーリーとしては結果的に救われる雰囲気もありますが、結局、「世界はこんなに荒んでいるんだ」と、現実を突きつけられる作品だと思いました。
ロケ地に、“アメリカ”“モロッコ”“メキシコ”“日本”を選んだのは、世界の縮図として選択されたのだと思います。世界中の人々の心の中は孤独で悲しくどうしようもない壁に阻まれているんだという・・・。ロケ地ごとに撮影手法を変えているのも、世界のバラバラ感を感じます。今、私たちが笑っている間にも、世界では途方も無い悲しみに暮れている人がいるということさえ気付かせてくれます。

日本では菊地凛子さんが日本人として49年ぶりに助演女優賞にノミネートされたことが話題になりましたが、実際には主要部門の受賞はならず、ノミネートのみに終ったのも事実。
それは、見ればなんとなく納得。身体を張った(張りすぎ?)凛子さんの演技は「気合入ってるなぁー」と思いますし、今作のチエコ役(凛子さんの役柄)のオーディション結果が出る前から手話を勉強したり体重を増やしたりと、役作りに励んでいたようで、気合の入り方が伝わってきますが、脚本的に、「このシーンは本当に必要なのか?」と思わせるシーンが結構ありました。
個人的にはメキシコ編の家政婦アメリア役のアドリアナ・バラッザ(彼女も助演女優賞ノミネート)の演技が素晴らしいと思いました。それから、現地の素人さんであろうモロッコガイド役のモハメド・アクサムの役柄は唯一素直な感動と清清しさを与えてくれました。

--ここからネタバレ?--

この映画は、あたかもプラッド・ピットが主演のように思いますが、実際は、各ロケ地ごとに主役と助演がいて、各ロケ地の出演者同士の共演はなく、大きく分けて3つ(もう少し分けると4つ)の話が、実は(少し)結びついているという感じです。だから菊地凛子さんは完全に主役級です。モロッコ編とメキシコ編2本と日本編の4つの話が、時間の流れを前後して描かれている感じです。一つ一つは単純な話なので、時間を前後させることで複雑な感じを与えているのだと思います。
最初にモロッコの幼い兄弟が、遊び半分に銃でリチャード(ブラッド・ピット)の乗ったバスを狙い、リチャードの奥さんスーザン(ケイト・ブランシェット)に当たってしまう(モロッコ編1)・・・この後にメキシコ人の家政婦アメリア(アドリアナ・バラザ)とリチャードの電話での会話になりますが、このメキシコ編は時間的には最も遅い時間の話。この後にくるスーザンが撃たれた直後からのモロッコ編2は、モロッコ編1の後に続くのが本来の時間の流れ。なので、この映画のエンディングに近い部分でのリチャードからアメリアへの電話は、最初のアメリアが受けた電話と同一。ただ、同じ会話内容が、アメリア側とリチャード側で表現されている。同じ内容でも、お互いの状況の違いを比べると面白いかもしれない。
日本編は、微妙な関わり方で、本来、全く別の話といっても良いくらいだと思います。過去に母親を自殺で亡くした聾唖の女子高生チエコ(菊地凛子)の父親ヤスジロー(役所広司)が過去に所有していた猟銃(モロッコでのハンティングでその時のガイドにプレゼントした)が、モロッコの兄弟の手に渡って事件に使われた・・・という展開ですが、事件に深く関わってくることも無く、ちょっと物足りなさを感じます。どちらかというと、親子間の愛を表現しようとした別の作品という感じがします。ただ、親子間の愛以上に表現しようとしたと思われる、聾唖の少女の疎外感や孤独感、愛への飢えなどが、ただ単に性衝動に駆られる女子高生というふうにも見えてしまうのが残念。実際、そういうシーンが必要以上に多かったと思います(いくらなんでも、こんな女子高生はおらんやろ・・・と思うくらい)。それと同じく、冒頭のモロッコ編での少年の行為の描写も、必要かどうか疑問・・・。

あらすじは、
モロッコで羊を襲うジャッカルを撃つために父親から猟銃を渡された2人の兄弟。彼らはお互いの意地の張り合いで射撃の腕を競い、弟はツアーバスに向けて猟銃を発砲した。その銃弾はバスに乗っていたアメリカ人リチャード(ブラッド・ピット)の妻スーザン(ケイト・ブランシェット)の鎖骨上部に命中してしまう。これはテロだと騒ぐ乗客たち・・・。
アメリカでは、息子の結婚式を明日に控えたメキシコ人の家政婦アメリア(アドリアナ・バラlッザ)がリチャードとスーザンの2人の子供の面倒を看ていた。アメリアはリチャードからの知らせを受け、突然の出来事に思い悩む。どうしても結婚式に出席したい彼女は、2人の子供を連れてメキシコへ・・・。
一方、日本には、過去に自殺した母親のことで父親ヤスジロー(役所広司)とギクシャクしている聾唖の女子高生チエコ(菊地凛子)がいた。自分は誰にも愛されないのかと悩んだ彼女は、性的行動でしか思いを伝えられなくなっていた・・・。

言ってしまえば、大きく分けて3つの話を1本の映画に凝縮した感じで、1つ1つが中途半端になっていると言えなくも無い感じです。ですので、観客の想像力もそれなりに必要な作品だと思いますし、それだけに、見る人によって感じ方の違う作品でもあるのではないでしょうか。
旧約聖書のバベルのお話を踏まえれば、重いテーマでもありますし、現代人が抱えている問題に違いないと思いますが、「本当の世の中はもう少しマシだよ」と願いを込めて反論したくなる映画でもありました。
ただ、救いは、最後にはスーザンは一命をとりとめ、リチャード夫妻の子供達も無事だったことと、リチャードに親身になって接してくれたモロッコガイドがとても気持ちのいい人だったことです。
それでも、アメリアは強制送還され、ヤスジローとチエコの話は微妙なエンディングで、問題を残した終り方なのだろうと感じました。
個人的には、パンフレットでも明かせないと書いてありましたが、チエコに優しく接する刑事(二階堂智)が最後にチエコからもらった手紙の内容がどうしても気になります。また、チエコの母親の自殺の理由など、比較的、日本編は謎が多いです。

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