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2005年9月26日 (月)

疲労困憊

しかし、世間が3連休というときにフルに働くというのは切ない・・・。

自営業ならまだしも、サラリーマンならなおさらである。。(。┰ω┰。)

この忙しさでジムにも行けてないから、少し太ってきた・・・(°◇°;)

描きかけの絵も下書きの途中・・・(ρε;)

それよりも、ありがたいチラシのお仕事を早くこなさなければ・・・ヽ( ̄△ ̄ゞ=ヾ ̄△ ̄)ノ

その後にはホームページの仕事も・・・仕事はお金だけじゃないんだよねぇ・・・。

あ・・・自分のホームページのリニューアルも途中だ・・・(; ̄Д ̄)

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2005年9月11日 (日)

ストレス解消

ここ最近の出来事で自分の中のもやもやが爆発しそうで、昨日はどうにかストレスを解消したくて、近所に住んでいる幼馴染と久々に飲みに行きました。

3?歳のおっさん2人が、自転車で近くの居酒屋に行き、私の愚痴や悩みを相談し、そして昔話に花咲きました。生ビールと芋焼酎ロックをお互いに7~8杯は飲んだかなぁ。それからそのまま自転車でぶっとばしてカラオケボックスに(笑)

カラオケボックスでも半分くらいは話していました。今度はビール、冷酒、バーボンロックと飲みました。お互いの悩みや考えを本音で話し、また昔話に盛り上がりました。バカなこともやったけど、あの頃は本当に楽しかったなぁ・・・って。気がつけば今朝の6時でした。

自転車で走る帰り道、高架下の下り坂上り坂を全力でこいだ後の朝のは気持ちよかったです。毎日のようにつるんでた昔を思い出しました。3?歳のおっさんが、久々に少年に戻った気がしました。また少し頑張れそうな気がしてきました。

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2005年9月 9日 (金)

痴呆その2~愚痴

はじめに・・・かなり怒っておりますので、言葉を選んでおりませんがご了承ください。

昨日、仕事の帰りに実家へ寄ってみた。母親を心配してくれてる叔母(母親の実の妹)のところへ連れて行ってはどうかと思い、話をしに行った。弟とは話すつもりは無かった。父親と母親に話そうと思った。ところがあのバカは口を挟んできた。

「何しに来たんや!」「話がややこしくなるから帰ってくれ!」「お前となんか一緒に出来るか!」「やるんやったら一人で一からやれ!」「俺はお前よりも仕事も人間的にも立場が上や!」「お前が嫌いや!」「消えてくれ!」そんなわけの分からない罵声と侮辱を受けて、私はもう少しで殴りそうになりました。

弟は「殴れや!」「やってみいや!」「警察呼ぶからな!」・・・アホですわ。男同士の(それも兄弟の)ケンカに警察です。殴り合いのケンカも出来ん女々しいヤツですわ。自分を正当化したくて必死に見えました。

自分でもよく殴らずに我慢してると思います。弟によると自分はいろんな会社を知ってるから自分のほうが偉いらしいですw 職場を転々としているほうが偉いということです。文句を言いながらも今のところを10年以上続けている私は辞める根性が無いだけらしいです。独身で実家にいる弟と、世帯を持っている私との差も分からないのでしょう。自分の無知に気づいていない無知です。本当のアホです。死んでも治らんでしょう。

まあ、何を言っても屁理屈で自分を正当化して、私のいう事には全てケチをつけます。やっとれません。。心の底からむかつきます。あんなヤツが弟で本当に情けない。

誰がやっても一人ではしんどいことは分かっているから、協力しようと言っているのに、絶対に応じない。どちらかがやるしかないらしい。そして現状は何も話してくれない。介護申請、薬、症状・・・同居している父親や弟のほうが知ってるに決まってるから聞いてるのに、何も話さず「やるんやったら一人で一からせーや!」 本当に母親のことを考えたら、協力して合理的になるべく早く対処してあげるのが最善だと思う。それが分からんのかな?あいつは母親に話しかける俺に「自己満足のためか!」と言ったが、それはお前のほうやろ。。

私は結婚して家を出て10年、弟はその間も同居、母親をボケさせたのは父親と弟、お前ら2人や!お前らに俺を責める権利なんてない!

怒鳴りあいをしていると、父親が私に帰ってくれと言いました。見かねた気持ちも分かりますが、いつも私が悪者。なぜか分かりません。同居しているほうを大事にするのは分かりますが。

弟は「早く荷物持って出てくれよ」と言いました。実家に私の私物が一部置き去りになっているからです。そして「鍵も返してくれよ」とも言いました。もはや実家に私の居場所は無いようです。

別にそれはそれでいいです。何の未練もありません。むしろ弟や父親と縁が切れたらスッキリします。ただ、あの頭の悪い弟がちゃんと母親のことをしてくれるのか心配なだけです。自分に対して自信過剰な、自分が無知だという事に気づいていない井の中の蛙、小山の大将、自分を正当化したくてたまらない小心者、一生懸命つっぱってる女々しい男、世の中金だといい金のために生きるやつ、それが普通に自分の夢がなく人生の指標を見つけられず仕方なく金に逃げているだけだと気づかないヤツ、金以外に生きる糧や守るものが無いヤツ、本当に心底むかつくヤツ。

こんな怒りの感情は2回目。4年前に私から金を騙し取った同級生の友人。そいつと同じくらいの怒りがこみ上げてくる。

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2005年9月 5日 (月)

痴呆

昨日、叔母さんから電話があり、実家に住むうちの母親の認知症が進行しているみたいだと聞きました。母親は、実の妹である叔母さんのことが分からなくなっているみたいだと・・・。名前を言っても、誰だか分からないらしい。

だいぶ前から始まっていたのでしょう。私は長男ですが家を出ているため、気づくのが遅かったのかも知れません。おかしいかな?と思う事はありましたが、最初はあまりにも緩やかな進行だったのか、認知症だとは思わなかったのです。まぁ、そのころは認知症という言葉も知らなかったのですが・・・。

実家には父親と弟が同居していまが、だいぶ進行してから父親が言ってきました。私の自宅と実家は近いのです。まぁ、その時父親が困っていたのは、母親がお金を握って出さないという事でしたが・・・。お金の工面にやってきたのです。

母親が買い物に行ったっきり帰ってこないと、父親から電話がかかってきたこともあります。近所に自転車で買い物に出て3時間くらい経ってると・・・。奥さんと車を出して心当たりを探し回りました。一通り探して実家に電話をかけると、さっき帰ってきたと・・・。帰り道で曲がるべきところを曲がらずに迷ってしまったようでした。

私が結婚して実家を出て10年になります。近くに住んでいるので、何かあれば時々寄っていました。母親・父親・弟の誕生日、母の日、父の日、旅行に行ったらお土産、外食したら手土産・・・だいたいは奥さんの計らいでしたが。でも、うちの家族はそういう事をしても、もともとあまり喜ばない家族でした。それでも、母親からは「ありがとう」という言葉を聞くこともありました。でも、だんだんそれも無くなり、感謝の気持ちを表してくれなくなり、「物よりも金」というような事を言われることがありました。思えば、その頃から認知症の始まりだったのかも知れません。

母親は人付き合いがヘタで、あまり外に出て他人と交流するような事もありませんでした。だから、世間知らずなところや、他人の意見を聞ずに頑固なところや、変にプライドの高いところがありました。だから、余計に認知症には気づきにくかったのかも知れません。

父親に初めて母親の症状のことを聞いて実家に行って母親と話したときは、母親は「靴」が分かりませんでした。買い物には行くようですが、聞けばかなりの偏食です。母方のお墓参りに連れて行ったときも、母親は蝋燭立てに水を入れようとしました。私の中ではそれが一番ショックでした。

私は、病院に連れて行かなければ・・・と思いました。しかし父親と弟は「本人が行きたがらない」と言って放っておくだけでした。私は近くの病院のソーシャル・ワーカーに相談したり、ネットで相談したりしました。私がうるさく言ったので、父親や弟も事の重大さに気づいたのか、少しは動き出しました。でも、最初に通った近くの病院は専門でなかったからか、いい加減なものでした。後に弟は最初の病院に紹介された別の病院へ連れて行ってくれたようです。

弟とは昔ケンカをしてから全く話していませんでした。母親のことで久々に話したとき、そうなった理由が、私が思っていたことと弟が根に持っていたことが違うことが分かりました。弟が根に持っていたことは、私が思うに非常にくだらないことでした。私が結婚してすぐに弟にパソコンの何かの設定を頼んだことがありました。私はその頃、本当にパソコンの初心者で、弟は私より詳しかったのです。それで頼んだのですが、結局、解決しなかったようです。そこで私が「出来んのか!?」というような言葉を言ったらしいです。それが弟のプライドを傷つけたのか、ずっと根に持っていたようです。私にはあまり納得がいきませんでしたが、母親のことがあるので、その場は仲直りしました。それで仲良くやっていけるかも・・・と少し思いました。しかしその時に、そんな話題ではなかったにも関わらず、弟の口から誇らしげに「俺はホリエモンを尊敬している。世の中金。金があったら何でも出来る」という言葉が出ました。その短絡的な考えは私には納得できない考えでした。後に弟から、「おまえより堀江さんのほうが金を持ってるから堀江さんのほうが偉いんじゃ!」というような事も言われました。全く価値観が違うと思いました。弟は変な思い込みとか暗示にかかってるという感じに思いました。こんな状態で仲良く出来るわけもありません。

弟は母親のことで少し動いたことで傲慢になり、私が何もしていないと言い、母親に関係ないことでも本当に腹が立つようなことを言って、私を侮辱したりしました。そして、お互い仕事もあるから協力しようという私に対して、「一緒に看るのは無理。どちらが面倒看るかはっきりしよう」と言いました。弟からは、私が都合のいい時だけ戻ってきて、小さな実家を欲しがっているように見えたのでしょうか?「世の中金がすべて」と言い張り、部屋の壁にも貼っている弟ですので、私にはそう思われました。当然、私はそんなもの欲しくもありません。母親のことは別として、実家と縁を切れるものなら切りたいくらいです。そんなこんなで弟とは本当に仲が悪くなりました。

私は私なりに動いたり悩んだりしているのですが、弟はそんな私の気持ちを分かってくれません。私が何もしていないというふうに言いました。以前、あまりにも何もしていないように言うので、たまに寄ったり、結婚式やお葬式など親戚の集まりに連れて行ったり、大晦日は年越しそば、正月は御節と、そういった差し入れをしたり、旅行に行けばお土産を持って行ったり・・・弟が知らないところでしていることを言うと、驚いて父親に「なぜ言わないのか」と怒っていました。そして、私には「恩着せがましい!」と怒鳴り、私が持ってきたものをお前も食べたりしてるんやろ!?と言うと「誰が持ってきたかなんか知らんわ!」と、本当に憎たらしい屁理屈を言いました。このとき、もう仲直りなんて出来ないと思いました。

昨日、万博のお土産のお菓子を持って実家に寄りました。母親と弟は何か話していたのか、同じ部屋で2人立っていましたが、私が入ると黙っていました。弟は「何しに来たんだ?」と言わんばかりの表情で、一言も話しませんでした。母親に父親のことを聞くと2階にいると言ったので、2階の部屋をのぞきました。

父親は横になっていましたが、起きてきました。母親の薬のことを聞くと、夜寝るための薬をもらって飲んでいると。私は叔母さんから症状が進行していることを聞いたことを言い、薬の見直しとか再検査を受けてはどうかと言いました。父親は、今の薬がなくなったら病院に行くと言いました。私は、そんなこと待たずに行った方がいいのでは?と言いましたが、父親は、自分もしんどいこと、車で連れて行く弟もそんなに仕事を休めないことを言いました。私は、私の助けを拒否したことと、なぜ私に頼まないのか?ということ、言ってくれれば自分も仕事を休むという事を言いましたが、父親は黙っていました。弟との事もあり、私が関わることによって、ややこしくなると思っているのかも知れません。

私は父親に、母親をもっと外に出して他人と話したり交流しないとダメだと言いましたが、もともとそういう事が苦手な母親なので、父親は無理だと言いました。父親はたまにゲートボールへ行っているので一緒に連れて行ってはどうかと言いましたが、無理だと言いました。叔母さんの話では、父親は母親を施設に入れることも考えているようでした。認知症ではあっても、体は元気な母親を・・・。いったい私はどうすればいいのか・・・。私は何をしたらいいのか分からなくなっています・・・。

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2005年9月 2日 (金)

最近の出来事-その3-

世界ではとんでもない災害や事故が・・・。

ハリケーン「カトリーナ」による被害はアメリカのニューオーリンズ市を中心としたルイジアナ州、ミシシッピ州、アラバマ州、フロリダ州という広範囲にわたって被害を受けている。これは日本の本州の面積に匹敵するとか・・・。

酷いのは二次災害。とくに治安の悪化。どうしてこんな時に悪になれる者がいるのか・・・?銃で武装した10代の若者が少女をレイプしたという記事も・・・。本当に許せないことがあるものだ。

バグダッドでは誰かが虚偽の自爆テロの噂を流したせいで大パニックになり、橋からチグリス川に転落するなどで1000人近い人が亡くなったらしい。被害者はモスクに向かう途中のイスラム教の巡礼者たち・・・それもほとんどが女性や子供。やっぱり神様はいないのかなぁ・・・って思った。

そして、本当に酷いのは天災ではなく人災なんだなぁ。。

亡くなられたかたのご冥福をお祈りいたします。神様はいなくても、あの世はあると信じます。意味のある死であると・・・。

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最近の出来事-その2-

一昨日くらいだったか・・・変な夢を見た。。

夜中に眠っていると、何て言ってたか忘れたけど、誰かが何度も僕に呼びかけてくる。同じ言葉を何度も何度も・・・。それは多分、僕が何かをしなければ・・・って思う内容だったと思う・・・。

ハッと目が覚めて、すぐに思ったのは・・・「花に水をやらないと!」だった。万博に行った日にもらってきた鉢植えに、3日間くらい水をやるのを忘れていた(°◇°;)  夜中に飛び起きて慌てて水をやった。花はやっぱり、しおれかかっていた。

次の日、鉢植えを見てみると、花が復活していた♪ヽ(*´∀`)ノ

あの夢の中の声は何だったんだろう・・・?

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最近の出来事-その1-

久々の記事になりますが、最近の出来事を・・・

ついこの間、奥さんに付き添って近くのスーパーに買い物に行ったとき、私はスーパー内の本屋さんで時間をつぶしておりましたが、そこで阪神・淡路大震災から10年・・・みたいな記録写真集があったので見てみました。

あれから早や10年・・・。いやぁホントに早いです。あっという間の10年でした。

本を見ていると思い出しました・・・あの時は本当にみんな頑張ったなぁって。みんなが仲間だったし、みんなが優しかったし、世の中も捨てたもんじゃないなぁと思った。もちろん震災は辛いことも多かったけれど、反面、いろんな大切な事を教えてくれた。

今、それを忘れかけていたなぁ・・・。本屋さんで思い出しました。本屋さんで自然とが出てきました。あくびのふりをしました(笑)

あの頃を思い出そう。自分が何をすべきか考えよう。絵を描き始めた原点に返ろう。

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